沖縄 20~30代就職・転職

「あなたらしく働く」を豊かにするコラム

沖縄の各分野で活躍するエキスパートたちのリアルな声! 仕事選びから働き方、人生観まで様々な視点で深掘り。「あなたらしく働く」をもっと豊かにするヒントが満載です。

コラム一覧

辞めて、始めて、自分を固めて

娘が2年ほど続けていたスイミングを辞めると言った。
小さな子なので気分で言っているだけで、のちに後悔するかもしれないと思って、もう一回だけ行こうと伝えた。
その次の習い事を終えたら、拍子抜けするくらいの清々しい表情で「やめるぅぅうう!!!」と言って辞めた。明るかった。なんとなく始めてなんとなく辞めた。

何かを辞めることは決してわるいことではなく、どうしてもモチベーションが伴わない、自分には才能がないと諦めることはむしろ前進だと思っている。
目標もなく続けて時間が過ぎるより、次のフィールドへと転換する選択は早めに判断していった方が良い。
続ける理由はそこにあるのか、辞めるにしても自分が納得しているかどうか。気持ち良く辞めるために頑張っているところもある。

娘は「なんとなく」スイミングを辞めた。
でも先の清々しい表情の「やめるぅぅうう!!!」は、充分辞めるに値すると思った。

私はあいにく、所謂「スポ根」が苦手で、部活をそこまで一生懸命やっていない学生時代を過ごした。
「学生の頃は何部だったの?」という質問に「陸上、バスケ、ハンド、バレー…」と答え、おそらくお互いの共通点を見出そうと思った先方を困らせることだってしばしばである。
でも、モチベーションが伴わない自分の胸にある正直な感情は、どうしようもないと割り切って次に進むしかない。

人生の中で、辞める経験も必要なのではないかと思っている。辞めてはならないという呪縛を背負って息苦しい思いはして欲しくない。
何かを外すと、何かを得られる。その繰り返しの中で、確固たる自分の譲れない好きな何かをコレクションしてもらいたい。

ただ辞め続けるのは良くないよ。次の目標を見つけるため、積極的に降りる。降りた後は出会う。出会ったあとは固める。
私が最も好きなラジオの仕事は、気が付くと20年ほど関わっている。続くものは続くし、続かないものは続かない。

息子が少年野球を始めた。これまでキャッチボールをしたことがないのに突発的に入部した。
この初期衝動の芽を大切に育んでいきたい。野球用具を揃えるのは高かったよ。
「高いお金を払って揃えたんだから辞めないでよ」とは決して言わない。「高いお金を払って揃えたけど続ける辞めるは気にせず」とは伝えた。
始めたいと思ったことは全部やらせてあげたい。その様々な初体験を繰り返して、これだ!という自分の譲れない分野を見つけて欲しい。

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ラジオパーソナリティ

ナガハマヒロキ

ナガハマヒロキ

「地元から離れてみる」という理由を今一度考える

「一度は沖縄から離れてみるべきか」という問いに触れることが結構ありますよね。

そりゃあ、全うな回答になってしまいますが、出た方が良いとは思います。行動しなければ現状維持ですが、行動したら前進だからです。

引っ越した先の生活が自分の思うように行かなくても、それは後退ではなく経験から来る気付きなので、どっちに転んでも前進だと思うからです。

かく言う僕も、20代前半の頃は中央に憧れ、現在のような喋る仕事を東京で目指したいと思っていた時期がありました。

行ったら行ったでジワジワと沖縄のラジオ文化が光り輝いて見え、今に至るわけですが、これは一度出たからこそ気付いた自分の中の素直な変化でした。

拠点を移した結果、個々に感じることはあると思いますが、これは普遍的に享受できるであろうメリットを今一度考えてみました。

まずは、①「ひとつ手前のコミュニティに安心感が湧く」。

高校生の時は自分の住む市町村を地元と呼んでいたのが、県外に行くと沖縄県を地元と呼ぶ。海外に行くと、日本の良さに気付き恋しくもなるでしょう。

現在地を動かせば動かすほど、安心できる場所が広がっていく感覚になると思います。

そして、②「自分のアイデンティティが『広く深く』なる」。

「狭く深く」の誤植ではないですよ。しっかり「広く深く」なると思っていますよ。

人や文化との新しい出会いは、良い意味での比較をもたらして、自分自身を確固たるものに近づけてくれます。

上京して初めて沖縄に帰った夏、道ジュネーを見て泣いてしまった自分に驚きました。それは髄に染み込んだノスタルジーが溢れていった感覚でした。もしも僕が海外に住んだら、演歌を聴いては号泣するのでしょう。

この懐かしいという感覚が、自分の帰属意識を考えさせてくれました。翻って、祖父母のルーツである宮古島にも愛着が湧いてしまった程でした。

最後に、③「後悔を抱えたままの人生にならない」。

これは、外に出たいという気持ちを抱えたまま出なかった場合なのですが、あれやこれやと理由を並べる今になってしまうでしょう。

自分の選択に言い訳をしない、自分の人生は自分で責任を取って決めてやったという清々しさを得ることはできると思います。

そして、そのタイミングはいつが最適か。それはもう単純明快で、出られる時!

僕も出た方が良い論者ではありますが、やはり短絡一方的に、沖縄から離れて外の世界へ!とは言えない。

家庭環境や金銭面、人にはそれぞれの事情がありますから。

それに、沖縄を出ること自体に意味を感じているかというのも大切なポイントでしょう。

仕事に絞って話すと、地元沖縄で本気で勝負に出ている方もたくさんいらっしゃいますし、沖縄は勝負できる場所とも思っています。

東京・大阪などの大都市圏とも物理的な距離は離れていれど、アクセスの便利さは国内有数の土地ですし、何よりアジアを目論む人はむしろ沖縄に軸足を置いた方が有利とも言えます。

ただ、そこまで大それたことを考えていなくても“ただ住んでみようかな”くらいでも立派な意味になるとは思いますが。

移住と考えるとハードルが高くなりますので、引っ越しと考えたら気も楽でしょう。

飛行機も安くなりましたし、毎日無料でテレビ電話もできます。

あなたの地元である沖縄はいつも手元にあると考えて、人生の合宿くらいの気持ちで考えてみても良いのではないでしょうか。

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ラジオパーソナリティ

ナガハマヒロキ

ナガハマヒロキ

家庭を持って何が変わることがあろうか

まるで躊躇わせるかのように「家庭を持つと自分の時間がなくなるよ」と言われたりしますが、意外とそうでもありませんでした。

たしかに、好きな時間にご飯を食べたり、寄り道してそのまま深夜まで自由に過ごすといった、軌道の無い時間は減りました。ただ、子どもと同じ時間に起きて、夜はお風呂に入れてそのまま寝るという、ある程度決まった時間割ができたことで、むしろメリハリがつき時間の使い方が上手くなった気がします。 自由時間は減ったけれど、可処分時間を生み出す術を身につけたので、体感としてはプラマイゼロです。

それを痛感したのが、妻と子どもが実家に帰省していた3日間。完全朝型お日様ライフを自負していたはずの僕は、一晩で夜型生活に戻ってしまいました。ああそうだ、自分は元来ダラしない性格だったのでした。僕には“監視の目”が無いと清く正しい生活を送りづらい。良い父らしい振る舞いをしている自分が、怠惰な自分を助けます。

結果的に、独身時代の自分時間に加えて、家族団らんの時間も得られているので、生活の充実度はむしろ高くなったと思います。

≪自分と周りの関係性の変化≫

また、「家庭を持つと生活が変わる」という方に注目が集まりがちですが、実際は家庭を持たなくてもライフステージによって自ずと変わることも多いものです。  

家庭を持つと、お互いの子ども同士の年齢が近い友人と一緒に遊ぶ機会が増えますし、片や独身同士だとそれぞれ時間も合わせやすいでしょう。

家庭の有無に関わらず、交友関係は似たライフステージ同士で自然とまとまっていきます。自分も周りも現在地をそれぞれ動かしながら過ごしているので、関係性は必然的に変わるのです(但し、疎遠ともまた違うと考えます)

≪自分の縦の時間軸での変化≫

そもそも何を基準に「変わった」と言うのかも曖昧です。

自分の意思で結婚して子育てをして、その結果、生活リズムや交友関係が変わっただけであって、それがあなたの選択したライフステージの歩き方なんだから、変わった変わらないではなく、そのリズムになるべくしてなった、ということだと思います。

実家を出て一人暮らしをした時点であなたは変わったし、家族を持って食器の数が増えたという意味でもあなたの生活は変わった。いずれ子どもが独立して夫婦二人になり、どちらかが先に天国に行く。人は共同体の人数を変えながら暮らしていっている以上、変わることは当たり前だし、むしろ「“変わる”ということは変わらない」。

だから、家庭を持ったらあれが出来なくなる、自由がなくなるという心配をしても、本質的には意味の無いことなのでしょう。

過ごし方の形が変わるだけで、人生はその都度、その時々の自分に似合ったリズムを選び直していくのだと思います。

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ラジオパーソナリティ

ナガハマヒロキ

ナガハマヒロキ

何もやることが無かったおかげで

機内では文庫や新書くらいのサイズの本がちょうど良い。
LCCのメイン機体であるエアバス320は少し狭いので、パソコンを広げるのはちょっと憚られる。
でも本をカバンに入れ忘れたのだからしょうがない。スマホに繋げるイヤホンも忘れてしまった。
機内でずっとボーっとしているわけにもいかない。
飛行機の中で私は寝ることが出来ない。
シートベルトサインが消えたのでパソコンを開くことにした。

あいにく隣の人は寝息を立てているので、この画面を見られる心配もない。
別に見られても良いのだけれども、日記を覗き見されているようなスリルがある。
結局この文章も紙やらWEBに掲載されてダダ洩れになると言うのに。
書いては消して書いては消してという作業が、心の中をいちいち見られている感覚になるからだろう。

金曜日の新千歳発那覇行きはほぼ満席。ななめ後ろからもこの画面は丸見えの角度。
だが、そのななめ後ろの列だけ3席丸々空いている。乗り遅れたんだはず。3人揃って。
前の日に友達同士でエスコンフィールドに野球を見に行って、日ハム勝利で嬉しくて飲み過ぎたんだろう。
飛行機乗り遅れて沖縄旅行に行けなかったのも良い思い出だね~!って言い合える最高の仲間で良かったじゃないか!

機内にはWi-fiが無い。Wi-fiが無い環境に幽閉されているせいで、手持ち無沙汰ならぬ頭無沙汰になって、普段よりも思考する時間が増えている。
前述のものはどう考えても生産的ではない思考でした。
でも通信ができない状況だったから、自分自身との会話ができた。
現代人はもの思いに耽る時間がない。想像と妄想から夢が生まれると言うのに。

私は、割と機内では気を遣うタイプだ。座る席なりの気の遣い方がある。
今座っている通路側の席に当たった場合は、窓際の人に「お手洗い行く時は気にせず声を掛けてくださいね」と伝えることにしている。
これは過去に通路側の人が寝ていて、圧倒的な尿意のなか蓋をされてしまった私が自尊心を失くしそうになった過去のトラウマが起因している。

窓際に座った時に、窓を開けるべきか閉めるべきかは悩ましい。
お子さんやワクワク旅行の雰囲気の時はなるべく開けて、ビジネスマンっぽい様子の時は眩しくならないように閉めるようにしている。
うーん、たくさんの人たちがほぼ微動だにしない、絵変わりのない3時間半。あと2時間以上もあるがどうしよう。
頭の中で昆虫最強トーナメントでも考えてみるか。普段の生活ではそうそうできない。

─1時間後

優勝はカブトムシでした。決勝で対戦したカマキリの鋭いカマを分厚い皮で無効化し、6本の脚で完全にホールドしたあと、固い角でギロチンロックをして勝負ありでした。
傍から見たら機内でパソコンを広げて、一分一秒を無駄にしない仕事熱心な奴に思われているだろう。
ううん、カブトムシの強さに感銘を受けてただけ。
情報が氾濫している現代で、なかなか有意義な右脳のマッサージ。コラムも1本書き上げた。

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ナガハマヒロキ

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