みんな、土に触れているかい?

西原に5坪の畑を借りています。
管理人が常駐しているので、毎日水やりのためだけに行く必要はありません。週に1回くらい行って、肥料をあげたり、支柱を立てたり。
これがまた普段使わない筋肉を使うんですよね。雑草を抜くだけなのに、中腰で足元が柔らかい中を進むので、もも裏のインナーマッスルが鍛えられると言いますか、3日間くらい筋肉痛を引きずります。レンタル料もジムの月額会費くらいなので、運動だと思うとちょうどいいです。

しかしこれが気を抜いたらサボるサボる。
まだ暑いだの、道が混んでるだの何かと理由を付けては行かなくなる自分がいて、1年くらい耕作放棄地にしていた時期もありました。

これではいけないと思い、もうこれは「仕事」としてスケジュールを押さえて、毎週木曜の早朝(日が昇っていないし道も空いている)に滅多なことが無い限りは行くように設定しました。
少しでも「出勤」の感覚を薄めようと思い、畑に行くまでの片道20分はツーリングだと言い聞かせ、朝そばを食べてみたりなんかして。自分の機嫌を取る仕掛けは散りばめてやっています。

そこまでしてやって、未だに収穫はゼロ!
食べ切れなかった分を箱いっぱいに詰めて友人に配り歩く、野菜おじさんになりたいのですが、今年の収量は異常にデカいオクラ1本だけです。

そうなってくるとやはり妻は「その月額で野菜を買えば良いじゃない」と言い出す。返す刀で「これは成長の楽しみを味わう出費だから!」と反論。「その割にオクラ1本って何なのよ」と妻。「結果を見るかプロセスを見るかだな!こっちの方がロマン溢れる人生だと思うけどな!」と、自分でも驚くほどの昭和平成から続く常套句「男はロマン」論を振りかざしていました。
しかしオクラ1本は確かに情けないぞ。(でも月額は自分の財布から出しているので文句を言われる筋合いなど無い)

そんな大赤字を垂れ流している畑作業。なぜ自分に鞭を打ってまで続けているかと言いますと「人は定期的に土に触れておいた方が良い」と思っているからです。
何と言っても一次産業の大変さが骨身に染みる。そして現代社会はサイバー的な進化を加速させますけど、ヒトの動物としての進化は、到底そこに食らい付けないじゃないですか。
少しでもデジタル疲れを感じるのなら、そこはもう原始からの営みを補給した方が人間らしくいられそう!と思ったわけです(皆さん大丈夫です、過度な心配はしないでください)

結果を瞬時に出すAI社会の速さの中で、ゆとりまで食われたくない。「待つ」という時間を楽しみたい。土を触ると小学生の時の生活科の授業を思い出して何となくリセットされる気持ちになります。

辞めて、始めて、自分を固めて

娘が2年ほど続けていたスイミングを辞めると言った。
小さな子なので気分で言っているだけで、のちに後悔するかもしれないと思って、もう一回だけ行こうと伝えた。
その次の習い事を終えたら、拍子抜けするくらいの清々しい表情で「やめるぅぅうう!!!」と言って辞めた。明るかった。なんとなく始めてなんとなく辞めた。

何かを辞めることは決してわるいことではなく、どうしてもモチベーションが伴わない、自分には才能がないと諦めることはむしろ前進だと思っている。
目標もなく続けて時間が過ぎるより、次のフィールドへと転換する選択は早めに判断していった方が良い。
続ける理由はそこにあるのか、辞めるにしても自分が納得しているかどうか。気持ち良く辞めるために頑張っているところもある。

娘は「なんとなく」スイミングを辞めた。
でも先の清々しい表情の「やめるぅぅうう!!!」は、充分辞めるに値すると思った。

私はあいにく、所謂「スポ根」が苦手で、部活をそこまで一生懸命やっていない学生時代を過ごした。
「学生の頃は何部だったの?」という質問に「陸上、バスケ、ハンド、バレー…」と答え、おそらくお互いの共通点を見出そうと思った先方を困らせることだってしばしばである。
でも、モチベーションが伴わない自分の胸にある正直な感情は、どうしようもないと割り切って次に進むしかない。

人生の中で、辞める経験も必要なのではないかと思っている。辞めてはならないという呪縛を背負って息苦しい思いはして欲しくない。
何かを外すと、何かを得られる。その繰り返しの中で、確固たる自分の譲れない好きな何かをコレクションしてもらいたい。

ただ辞め続けるのは良くないよ。次の目標を見つけるため、積極的に降りる。降りた後は出会う。出会ったあとは固める。
私が最も好きなラジオの仕事は、気が付くと20年ほど関わっている。続くものは続くし、続かないものは続かない。

息子が少年野球を始めた。これまでキャッチボールをしたことがないのに突発的に入部した。
この初期衝動の芽を大切に育んでいきたい。野球用具を揃えるのは高かったよ。
「高いお金を払って揃えたんだから辞めないでよ」とは決して言わない。「高いお金を払って揃えたけど続ける辞めるは気にせず」とは伝えた。
始めたいと思ったことは全部やらせてあげたい。その様々な初体験を繰り返して、これだ!という自分の譲れない分野を見つけて欲しい。

「地元から離れてみる」という理由を今一度考える

「一度は沖縄から離れてみるべきか」という問いに触れることが結構ありますよね。

そりゃあ、全うな回答になってしまいますが、出た方が良いとは思います。行動しなければ現状維持ですが、行動したら前進だからです。

引っ越した先の生活が自分の思うように行かなくても、それは後退ではなく経験から来る気付きなので、どっちに転んでも前進だと思うからです。

かく言う僕も、20代前半の頃は中央に憧れ、現在のような喋る仕事を東京で目指したいと思っていた時期がありました。

行ったら行ったでジワジワと沖縄のラジオ文化が光り輝いて見え、今に至るわけですが、これは一度出たからこそ気付いた自分の中の素直な変化でした。

拠点を移した結果、個々に感じることはあると思いますが、これは普遍的に享受できるであろうメリットを今一度考えてみました。

まずは、①「ひとつ手前のコミュニティに安心感が湧く」。

高校生の時は自分の住む市町村を地元と呼んでいたのが、県外に行くと沖縄県を地元と呼ぶ。海外に行くと、日本の良さに気付き恋しくもなるでしょう。

現在地を動かせば動かすほど、安心できる場所が広がっていく感覚になると思います。

そして、②「自分のアイデンティティが『広く深く』なる」。

「狭く深く」の誤植ではないですよ。しっかり「広く深く」なると思っていますよ。

人や文化との新しい出会いは、良い意味での比較をもたらして、自分自身を確固たるものに近づけてくれます。

上京して初めて沖縄に帰った夏、道ジュネーを見て泣いてしまった自分に驚きました。それは髄に染み込んだノスタルジーが溢れていった感覚でした。もしも僕が海外に住んだら、演歌を聴いては号泣するのでしょう。

この懐かしいという感覚が、自分の帰属意識を考えさせてくれました。翻って、祖父母のルーツである宮古島にも愛着が湧いてしまった程でした。

最後に、③「後悔を抱えたままの人生にならない」。

これは、外に出たいという気持ちを抱えたまま出なかった場合なのですが、あれやこれやと理由を並べる今になってしまうでしょう。

自分の選択に言い訳をしない、自分の人生は自分で責任を取って決めてやったという清々しさを得ることはできると思います。

そして、そのタイミングはいつが最適か。それはもう単純明快で、出られる時!

僕も出た方が良い論者ではありますが、やはり短絡一方的に、沖縄から離れて外の世界へ!とは言えない。

家庭環境や金銭面、人にはそれぞれの事情がありますから。

それに、沖縄を出ること自体に意味を感じているかというのも大切なポイントでしょう。

仕事に絞って話すと、地元沖縄で本気で勝負に出ている方もたくさんいらっしゃいますし、沖縄は勝負できる場所とも思っています。

東京・大阪などの大都市圏とも物理的な距離は離れていれど、アクセスの便利さは国内有数の土地ですし、何よりアジアを目論む人はむしろ沖縄に軸足を置いた方が有利とも言えます。

ただ、そこまで大それたことを考えていなくても“ただ住んでみようかな”くらいでも立派な意味になるとは思いますが。

移住と考えるとハードルが高くなりますので、引っ越しと考えたら気も楽でしょう。

飛行機も安くなりましたし、毎日無料でテレビ電話もできます。

あなたの地元である沖縄はいつも手元にあると考えて、人生の合宿くらいの気持ちで考えてみても良いのではないでしょうか。

家庭を持って何が変わることがあろうか

まるで躊躇わせるかのように「家庭を持つと自分の時間がなくなるよ」と言われたりしますが、意外とそうでもありませんでした。

たしかに、好きな時間にご飯を食べたり、寄り道してそのまま深夜まで自由に過ごすといった、軌道の無い時間は減りました。ただ、子どもと同じ時間に起きて、夜はお風呂に入れてそのまま寝るという、ある程度決まった時間割ができたことで、むしろメリハリがつき時間の使い方が上手くなった気がします。 自由時間は減ったけれど、可処分時間を生み出す術を身につけたので、体感としてはプラマイゼロです。

それを痛感したのが、妻と子どもが実家に帰省していた3日間。完全朝型お日様ライフを自負していたはずの僕は、一晩で夜型生活に戻ってしまいました。ああそうだ、自分は元来ダラしない性格だったのでした。僕には“監視の目”が無いと清く正しい生活を送りづらい。良い父らしい振る舞いをしている自分が、怠惰な自分を助けます。

結果的に、独身時代の自分時間に加えて、家族団らんの時間も得られているので、生活の充実度はむしろ高くなったと思います。

≪自分と周りの関係性の変化≫

また、「家庭を持つと生活が変わる」という方に注目が集まりがちですが、実際は家庭を持たなくてもライフステージによって自ずと変わることも多いものです。  

家庭を持つと、お互いの子ども同士の年齢が近い友人と一緒に遊ぶ機会が増えますし、片や独身同士だとそれぞれ時間も合わせやすいでしょう。

家庭の有無に関わらず、交友関係は似たライフステージ同士で自然とまとまっていきます。自分も周りも現在地をそれぞれ動かしながら過ごしているので、関係性は必然的に変わるのです(但し、疎遠ともまた違うと考えます)

≪自分の縦の時間軸での変化≫

そもそも何を基準に「変わった」と言うのかも曖昧です。

自分の意思で結婚して子育てをして、その結果、生活リズムや交友関係が変わっただけであって、それがあなたの選択したライフステージの歩き方なんだから、変わった変わらないではなく、そのリズムになるべくしてなった、ということだと思います。

実家を出て一人暮らしをした時点であなたは変わったし、家族を持って食器の数が増えたという意味でもあなたの生活は変わった。いずれ子どもが独立して夫婦二人になり、どちらかが先に天国に行く。人は共同体の人数を変えながら暮らしていっている以上、変わることは当たり前だし、むしろ「“変わる”ということは変わらない」。

だから、家庭を持ったらあれが出来なくなる、自由がなくなるという心配をしても、本質的には意味の無いことなのでしょう。

過ごし方の形が変わるだけで、人生はその都度、その時々の自分に似合ったリズムを選び直していくのだと思います。

何もやることが無かったおかげで

機内では文庫や新書くらいのサイズの本がちょうど良い。
LCCのメイン機体であるエアバス320は少し狭いので、パソコンを広げるのはちょっと憚られる。
でも本をカバンに入れ忘れたのだからしょうがない。スマホに繋げるイヤホンも忘れてしまった。
機内でずっとボーっとしているわけにもいかない。
飛行機の中で私は寝ることが出来ない。
シートベルトサインが消えたのでパソコンを開くことにした。

あいにく隣の人は寝息を立てているので、この画面を見られる心配もない。
別に見られても良いのだけれども、日記を覗き見されているようなスリルがある。
結局この文章も紙やらWEBに掲載されてダダ洩れになると言うのに。
書いては消して書いては消してという作業が、心の中をいちいち見られている感覚になるからだろう。

金曜日の新千歳発那覇行きはほぼ満席。ななめ後ろからもこの画面は丸見えの角度。
だが、そのななめ後ろの列だけ3席丸々空いている。乗り遅れたんだはず。3人揃って。
前の日に友達同士でエスコンフィールドに野球を見に行って、日ハム勝利で嬉しくて飲み過ぎたんだろう。
飛行機乗り遅れて沖縄旅行に行けなかったのも良い思い出だね~!って言い合える最高の仲間で良かったじゃないか!

機内にはWi-fiが無い。Wi-fiが無い環境に幽閉されているせいで、手持ち無沙汰ならぬ頭無沙汰になって、普段よりも思考する時間が増えている。
前述のものはどう考えても生産的ではない思考でした。
でも通信ができない状況だったから、自分自身との会話ができた。
現代人はもの思いに耽る時間がない。想像と妄想から夢が生まれると言うのに。

私は、割と機内では気を遣うタイプだ。座る席なりの気の遣い方がある。
今座っている通路側の席に当たった場合は、窓際の人に「お手洗い行く時は気にせず声を掛けてくださいね」と伝えることにしている。
これは過去に通路側の人が寝ていて、圧倒的な尿意のなか蓋をされてしまった私が自尊心を失くしそうになった過去のトラウマが起因している。

窓際に座った時に、窓を開けるべきか閉めるべきかは悩ましい。
お子さんやワクワク旅行の雰囲気の時はなるべく開けて、ビジネスマンっぽい様子の時は眩しくならないように閉めるようにしている。
うーん、たくさんの人たちがほぼ微動だにしない、絵変わりのない3時間半。あと2時間以上もあるがどうしよう。
頭の中で昆虫最強トーナメントでも考えてみるか。普段の生活ではそうそうできない。

─1時間後

優勝はカブトムシでした。決勝で対戦したカマキリの鋭いカマを分厚い皮で無効化し、6本の脚で完全にホールドしたあと、固い角でギロチンロックをして勝負ありでした。
傍から見たら機内でパソコンを広げて、一分一秒を無駄にしない仕事熱心な奴に思われているだろう。
ううん、カブトムシの強さに感銘を受けてただけ。
情報が氾濫している現代で、なかなか有意義な右脳のマッサージ。コラムも1本書き上げた。

世界はあなたが好きなものに溢れている…はずである!

最近バイクの免許を取った。
そもそも原付は20年以上乗っていたのだが、40歳目前にして急に自動二輪の免許を取ろうと思い立ち、その思い立った3日後には自練に入校していた。
周りがすでに乗っていた10代後半にはさほど興味を持たなかったのだが、20年振りに母校に戻って、高校生たちに混じって教習を受けて来た。

これまた楽しいのなんの。移動が楽しい。橋が楽しい。晴れた日が待ち遠しくなる。
しっかりと「楽しい~!」と声に出しながら運転してしまっている。
口を開けるもんだから、梅雨前のカラっとした風を思いっきり食べている。文字通り空気が美味しい。

そのうち北海道をバイクで走り抜けたい。あれもしたいこれもしたいという欲求は何歳になっても枯らせたくない。
やりたいことは手のひらからこぼれるくらいでちょうど良い。
やりたいことをやり尽くせないくらいの好奇心を若干余らせながら生涯を終えたい…

旅先に行くときは、毎回趣味に合わせたそれなりの目的がある。
私は競馬が人生のライフワークなものですから、大レースに合わせてその街に向かう。
さらに、風呂にも命を懸けていますから、その街の熱視線を浴びているサウナにも併せて行く。
そしてそして、大相撲も好きですから、本場所が開催されている時期に合わせて行きたい。
お酒を飲むのも好きだから、その土地のディープ酒場を飲み歩きたい。
そして移動は件(くだん)のバイクで出来れば最高である。1泊2日もあれば充分だ。

趣味の掛け算を重ねていって、いっぺんに自分で自分を悦ばせるギッシュな時間を楽しめる自信がある。
現役を退いたあとに、どう過ごしたら良いか悩んでいる人が増えているという。
あいにく私は多趣味な方である。別にそれに対して鼻に掛けるつもりはさらさらない。
仕事選びも趣味探しも基本スタンスは同じだと思う。自分の心が沸き立つ何かを探すということ。

だからいくつになっても心躍るセンサーは立たせておかないといけない。
必ず立たせないといけないと気負う必要はないが、将来の自分のために立たせておきたい。
いろんなことに出会う努力はしないまでも、工夫はしていきたい。
思い立った3日後に自練に入校する気持ちを持ち続けていれば、きっと10年後は今以上の人生の幅が出ているはずだ。

絶対的な価値基準がある人生は豊か!

先日、披露宴の司会を仰せつかりまして、その時の打ち合わせが打ち合わせ史上最も笑ってしまいました。

新郎さんの趣味が「タブラ」というインド太鼓で、これを余興で披露したいというリクエスト。
なかなか耳馴染みの薄い楽器だったので嬉々として話を聞いていたところ、最初はサークル的に楽しんでいたのだが、だんだんと演奏を極めてしまい、次第に作る方に興味を持って行かれたと。

もちろんタブラ作りの師匠など周りにもいないため、独学をして自作することに。まずは胴の部分を作るために、やんばるの森林組合に許可を得て倒木した木をGET。
ここからが本番。それをくり抜くために木工旋盤の機械を何十万円かけて購入。
それだけではなく、細かな削り加工のためのノミも必要になったのだが、適したものが売られていない。
これを鍛冶職人に頼み込んで特注で製作。
お次は、太鼓の叩く部分に張る皮が必要ということで、海外からヤギの皮(毛付き)を仕入れ、それを楽器用に加工するために、わざわざなめしの技術まで習得しました、というホンモノの方でした!(さらには、インドのことを知っていくうちに、今度はインドカレーに凝って研究しています、と来た!)

私はこの話を聞いて「面白い(interesting and funny)」と「嬉しい」が同居した感覚になったんです。SNSでの「映え」を意識した極大衆的な羨望を求めるような動きとは違って、この人は楽しさに対する絶対的な価値基準が自分の中にあって、揺らぐことのない豊かさが見えたんです。そしてこの探求心ですよ。

もっと真剣に遊んでいかないとなぁ。仕事が忙しいだなんて、人生を豊かにする上で何かの言い訳にしてはいけないと思えたんです。究極は、趣味があるので仕事している場合ではない!という状態ですね。

もちろん、日々必達の仕事はありますから、余白時間を作るために仕事効率化の必要が出てきますよね。(極論、趣味の余白に仕事をするという方もいるでしょう)
馬鹿みたいに楽しい趣味があれば、それが燃料となって仕事にもブーストが掛かる。
心から楽しいと思えることを見つけることが、どんな小手先の時間術よりも有効なのかもしれません。

それはジェネレーションギャップでは無いかもよ!

おじさんに対して風当たりが強い。でも別にこれは昨今に限った話ではなく、なんか僕の物心の範囲内で申し訳ないが、90年代からずっと風当たりが強い。
おじさんがネガティブワードになっている向きもあるが、何と言っても35歳以上の立派なおじさんはこの国に約4000万人いるのだ。
ダラしないおじさんもいれば、カッコいいおじさんもいる。そして、おじさんを揶揄する若い世代も、みんな横一列にじわじわとおじさんになっていく。

僕は数年前から「おじさんは蝶である」という理論を提唱している。
鼻を垂らして歩いた幼少期、自分は何かしらの才に恵まれていると思っていた身の程知らずの思春期(但しこの感覚は必要と添える)社会に飛び出したもののまだ脱皮しきっていない青年期。それらはまだ土の中にいる幼虫やじっくり備えているさなぎの時期。成熟し満を持して思いっきり羽ばたいているのが、おじさん=蝶なのだ。
おじさんは皆が思っているより楽しい。明日も明後日もおじさんが良い。
4000万人の蝶は今日もどこかで輝いている。もっとおじさんに優しい世の中になって欲しいと思う。

ここまで長々とした第一段落を書いたのは理由があって“下の世代に気を遣い過ぎているおじさんよ、自信を持とう”なのだ。
最近は、世代の差を笑われるのではないかという、萎縮する蝶が増えている気がしてならない。
コミュニケーションは結局、人と人の関係性なのだから、ジェネレーションギャップについての話でよくハレーションが起こっているのは、「おじさん」と「若者」という大きなイメージで括るからではないだろうか。

先入観で「若者は飲み会に来てくれない」と決めつけると、取り留めのない世代論で終わってしまう。
もっと個と個で考えたら分かりやすい。その若者にも仲の良いおじさんはきっといるはず。
どうか余裕のある大きな背中を蝶たちには見せて欲しい。

ただ、自分の世代を正当化したいがあまり、謙虚さが欠けるようなこともしたくない。
終身雇用の崩壊や年金システムの不安を抱えている世代の金銭感覚に対して、若者のブランド離れという陳腐な言葉をぶつけたくないし、非正規雇用で歯を食いしばって働き続けて来た就職氷河期世代の方に対して、労働市場の需給の恩恵で高い初任給をもらっている若者が余計な優越感を持つのもこれまた違う。

感じたギャップは世代のせいだと簡単に片付けるのではなく、そのマンツーマンの関係性にリスペクトが介在しているか。ふわふわとしたジェネレーションギャップは疑え!

どうせもがくなら20代のうちに!

20代って若さという武器を持っているし、そのフレッシュさが可愛くもあり眩しくもある。
学生期間を経て社会に飛び出して、夢や希望を抱えて仕事に打ち込んで、休みの日は趣味や遊びに謳歌して、人生の中でも輝きの季節…というはずだと私も思っていたんですが、20代がこれまでの中で最もつらい時期だったかも知れません。

その頃の僕と言えば、大学を卒業して就職もせず、オールナイトニッポンを担当したい!と言いながら活動拠点をTOKYOに移しまして。
かと思えば実際は週5でバイトをして空を掴むような日々。
オーディションを受けながら、まずはレギュラー番組をと、自分で土地勘も無いなかタウンページ片手にスポンサー獲得のための電話とメール営業。ビジネス文書も知らず、無知ゆえにできた行動。
大都会の攻略法が全く分からず、底冷えする寒さで天井を見上げてとにかく焦る焦る。

そうこうしているうちに、突然地元沖縄が輝いて見え、もう一度“沖縄の”ラジオパーソナリティとしてやっていきたいと再スタート。この時すでに25歳。
週1のレギュラーは頂けたものの、もちろん放送の仕事だけで食べていけるはずもなく、いろんなツテを頼りに司会や物書きの仕事をしながら食い扶持をつなぐも、唯一のレギュラー番組が終了。
もう名乗る何かも無くなってしまったぞという崖っぷちが28歳。
長く付き合って結婚を考えている彼女がいるも、来るかどうか分からないチャンスを待ち続けるだけの毎日。

しかしラストチャンスが待っていた!誰かが見てくれているという言葉は本当でした。
ラジオカーリポーターのオファーを頂き、そこからは初心忘れずのオールドルーキー。
やっとこさ胸を張って職業を名乗ることができ、彼女にも無事に捨てられず結婚。
仕事もなんとか繋がって、少しづつやりたい事も叶えさせてもらって、世帯主としての自尊心を保つことが出来たまま、30代を完走しようとしています。

もう20代の頃のようにもがきたくないと思いつつも、この時期がないと楽しいと思える30代は訪れなかったように思います。
自分が何をやりたいか、何にこの命を燃やすのか。
対する自己分析と適正、モチベーションは確かか。
自分のやりたいことは、この活動圏で埋もれるのか求められるのか。

ノートとペンを持って、毎夜毎夜自分と会話しながら、白紙を塗りつぶすように熱い感情と冷徹な判断を乗せた文字を重ねていく。
にじりにじり、自己を確立するための作業は果てしなく遠いものでした。

過去の自分の選択を裏切らないために、なんとかしようともがいた20代。
そうこうしているうちに、私も30代最後の年。おかげで30代はとても楽しかったぜ。
優しい目尻のシワと説得力のある分厚い手を手に入れるために、この先もこつこつ積み上げていくだけです。

失敗を失敗と思うことはやめよう

私今、美味しいカルボナーラを作りたいなぁと思って定期的に作っているんですけど、いつかの洋食屋さんで食べたあの味には全然近づかないですね。同じようなフライパンもガスコンロもあって、男が料理をするとき特有の「ちょっと高めの食材を揃える」までしっかりとやっているのに。

食材を揃えたら、あとは「加えて混ぜてをやれば良いだけなんでしょ」と高を括って、目分量で図っては(むしろ目分量がかっこいいのかもという勘違い)またもやちょっとしょっぱい。
そのカルボナーラをおかずにご飯が進みそうな仕上がりを繰り返しています。

なんて再現性の無いことをしているのでしょうか。
料理の味付けが成功するか否かの、超基礎にあたる塩加減すらメモしなかったおかげで、次作る時もまた味が濃くなり「失敗した」とか言って終わるのでしょう。
うーん…これは失敗でしょうか。失っていますでしょうか。敗れていますでしょうか。

この私には、やるべきことがたくさんあります。

「ちゃんとレシピに忠実な分量で作りなさい。」
「茹で時間を計りなさい。」
「卵は常温で置いておきなさい。」
「その億劫な性格から直しなさい。」

それを失敗と呼ぶのなら、怠慢は結果に出るぞと気付かせてくれた、まずはその失敗に感謝です。

そして私は明日こそは、食材を計量カップできっちりと計り、そのレシピの内容ぴったりのカルボナーラを作るでしょう。

しかし、ここでやっとスタートライン。
なにか人のレシピを説明書通りに組み立てただけで、つまらない。何かオリジナリティを足したい!
ベーコンを燻製にしたり、ニンニクを大量に効かせたエッジの効いたものを作りたい。
あーだこーだこねくり回しては、第1章の冒頭を繰り返すように、私はその第2章の冒頭も、焦げ臭いベーコンとアホニンニク味のカルボナーラを作るでしょう。

つまり、まだまだ途上である現状から及第点に進むためにも、試行錯誤は必要ですし、及第点に達しても尚、より良いものを目指す場合にも試行錯誤が必要なのでしょうと!

試行錯誤という言葉をあえて失敗と言い換えてみます。
努力しようという気持ちさえ起こらなければ、より良いものを作ろうとしなければ失敗なんてしなかったはずなんです。

そう、やる気があるから失敗するんです!
私は、美味しいカルボナーラを作りたいんです!

そして、ここは小技テクになるんですが「失敗は編集できます」
何か起こっても失敗を受け入れ、その立ち位置で出来ることを考えれば、失敗は成功のための経験へと編集できます。
そして振り返った時に、そのたくさんの編集点の欠片たちが愛おしく思えてくるものです。
大いにミスって、大いに可愛げを身に付けましょう。