それはジェネレーションギャップでは無いかもよ!

おじさんに対して風当たりが強い。でも別にこれは昨今に限った話ではなく、なんか僕の物心の範囲内で申し訳ないが、90年代からずっと風当たりが強い。
おじさんがネガティブワードになっている向きもあるが、何と言っても35歳以上の立派なおじさんはこの国に約4000万人いるのだ。
ダラしないおじさんもいれば、カッコいいおじさんもいる。そして、おじさんを揶揄する若い世代も、みんな横一列にじわじわとおじさんになっていく。

僕は数年前から「おじさんは蝶である」という理論を提唱している。
鼻を垂らして歩いた幼少期、自分は何かしらの才に恵まれていると思っていた身の程知らずの思春期(但しこの感覚は必要と添える)社会に飛び出したもののまだ脱皮しきっていない青年期。それらはまだ土の中にいる幼虫やじっくり備えているさなぎの時期。成熟し満を持して思いっきり羽ばたいているのが、おじさん=蝶なのだ。
おじさんは皆が思っているより楽しい。明日も明後日もおじさんが良い。
4000万人の蝶は今日もどこかで輝いている。もっとおじさんに優しい世の中になって欲しいと思う。

ここまで長々とした第一段落を書いたのは理由があって“下の世代に気を遣い過ぎているおじさんよ、自信を持とう”なのだ。
最近は、世代の差を笑われるのではないかという、萎縮する蝶が増えている気がしてならない。
コミュニケーションは結局、人と人の関係性なのだから、ジェネレーションギャップについての話でよくハレーションが起こっているのは、「おじさん」と「若者」という大きなイメージで括るからではないだろうか。

先入観で「若者は飲み会に来てくれない」と決めつけると、取り留めのない世代論で終わってしまう。
もっと個と個で考えたら分かりやすい。その若者にも仲の良いおじさんはきっといるはず。
どうか余裕のある大きな背中を蝶たちには見せて欲しい。

ただ、自分の世代を正当化したいがあまり、謙虚さが欠けるようなこともしたくない。
終身雇用の崩壊や年金システムの不安を抱えている世代の金銭感覚に対して、若者のブランド離れという陳腐な言葉をぶつけたくないし、非正規雇用で歯を食いしばって働き続けて来た就職氷河期世代の方に対して、労働市場の需給の恩恵で高い初任給をもらっている若者が余計な優越感を持つのもこれまた違う。

感じたギャップは世代のせいだと簡単に片付けるのではなく、そのマンツーマンの関係性にリスペクトが介在しているか。ふわふわとしたジェネレーションギャップは疑え!

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